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いつのまにか四年(タラ追悼記)  後篇

去勢手術をしたのに、タラの縄張り意識は強くなる一方だった。 女の子のような優しい顔をして、とても人懐っこいのに、野生本能も強かったのだろうか。 私が庭いじりをしている傍らで寛いでいるように見えたが、実は侵入者の警戒に神経を集中していた。



のんびり







ほかの猫が現れると雄叫びをあげて向かっていった。命がけだったのかもしれない。 喧嘩のやりかたを知らないくせに逃げないので、いつも顔に傷を負って医者に駆け込んだ。 そばに付いていられないときは閉じ込めることにした。出して欲しいとうるさかったが。



ねえ、開けてよ







今では猫は室内飼いが常識になったが、タラが家の周りをうろうろできたのは、近所のかたがたのおかげだった。 夏、私が水遣りするのに付き合ったあとは、門柱の上で涼みながら通りかかる人に話しかけていた。



門柱1






当初、ひ弱ではないかと心配したが逞しく成長して、ほとんど病気もしなかった。 が、13歳のとき腰痛が悪化した。(老化の始まりだったのかもしれない。)無理をしてジャンプしたりするので、一緒に庭にでるときも紐をつけた。 ずいぶん嫌がって、たびたび引掻かれた。



つながれた







三ヶ月ほどで腰痛はおさまり、また走り回れるようになった。 次に老化の兆しが現れたのは17歳のときだった。だんだん痩せて毛が大量に抜け始めた。 腎臓の機能が低下しており、療養食になった。
17歳の夏は猛暑だった。冷房の嫌いなタラは涼しい場所を捜し回っていたが、ついに犬小屋の屋根で寝ようとしたのには笑ってしまった。



屋根の上3







17歳をすぎると、ゆるやかに老化が進んでいるのが見て取れた。だんだん縄張り意識がゆるんで、おだやかに室内で過ごす時間が長くなった。若い頃は人間の食べ物にまったく興味がなかったのに、肉や魚を欲しがりだした。腎臓への影響を考えときどき小指の先ほどだけ与えると、とても喜んだ。



あそぼ







晩年は、ずっとわたしのそばにいた。買い物から帰るのが少し遅くなると、大声で文句をいう。 風呂やトイレまで付いてくる。 朝ごはんのあとは、歯を磨き、目薬をさし、耳のそうじをした。そのあと、そのまま私の胸の上で眠ってしまうこともあった。



お昼寝







猫は亡くなるとき姿を消すという話をきいたことはあったけれど、まさか、あんなに人間大好きだったタラが消えるとは思わなかった。やっぱり、最後は猫の世界に帰りたかったのかな?
タラと20年近く一緒にくらせて、本当に良かった。タラちゃん、ありがとう。 タラが、好きだった場所で眠っているようにと祈っています。


小春日の縁に偲ばゆ亡き猫よ

こはるびの えんにしのばゆ なきねこよ







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コメント

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なかなか書けなくて

タラちゃんの記憶、とっても大切ですね。
ここに書かれているのはほんのわずかなのでしょう。
何度も読み返しました。すると、胸がつまって、どんどん書き込みができなくなって。
タラちゃんとともに暮らした時間が、本当に大切なものだったのだなあと思いました。
記憶のアルバムを開くと、悲しい記憶がよみがえるのでしょうが、でも読んでいると羨ましいくらい
大切にされていたことがわかります。
胸の上で落ち着いている姿がいいですね。
最後の『亡き猫よ』にはぽろっ涙せずにはいられませんでした。

Re: なかなか書けなくて

こんなにも心を込めてタラを偲んでくださるなんて、感激です。
タラも喜んでいると思います。
20歳近くなって別れが近いことは覚悟していたのに諦めきれないのは、
ちゃんとお別れができなかったからでしょうか。
ひょっとして、タラの策略?
ママが生きている限り忘れないよ、タラちゃん。
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